雲の見える海で

てまりという一人のオタクの備忘録。けもフレが多め。「とよはた雲」というサークルがあるとかないとか。

C97感想戦 2/4 - キュルル合同

 

 

このエントリ の続き

記憶が薄れる前に、合同誌の感想を書き残しておこうと思う。

 

C97からだいぶ日が経ち、感想を書いても旬を外しているだろうという気分に苛まれている。なんで感想を書こうとしていたんだっけ。

ひとつは、真面目に同人活動に(書く側でも、読む側でも)取り組んでみたいということ。

もうひとつは、感想を書けば、作家さんは嬉しいんじゃないだろうかということ。

 

ひとつ課題があり、それは買った同人誌に対して網羅的に感想を書くと、私が相当疲弊してしまうだろうということである。

かといって何もしなければ、今夜もまた、何もしない夜になってしまう。

毎晩訪れるこの無気力感については、いずれ掘り下げてみたい。今夜もこうしてテレビとツイッターを眺めるだけの夜が過ぎようとしていた。一念発起してこれを書いている。

 

 

キュルル合同~ふたつのみれにあむを超えて~

・2の混乱の中で、若干アンタッチャブルになってしまったキュルルや2世界観にフォーカスした合同誌。コンセプトがめちゃめちゃいいなと思って、予約して手に取った一冊である。

・頒布会場にいたかばんさんコスの人のコスプレがとても良かった。

 

特にいいなと思った作品をいくつか上げようと思う。釈明しておくが、すべての作品に感想が書けないのは、偏に私の気力と好み・読解力の問題であって、作品に優劣はない。すべからく、存在しない名作よりも出た本の方がエライのだ。

感想を書きながら思ったけれど、寄稿者のレベル高すぎではないか。

 

「たとえ忘れてしまったとしても何処かにのこっているはずさ」(はづきガレット)

・キュルルが2000年前の記憶をぼんやり思い出す話

・目に「replay」が入ってるの、漫画だからできる演出だよなって思いました。

 

「二人のキュルル」(沼底なまず

・キュルルが2000年前の「少年」と輪っか(JS版)でつながる話

・2000年前の「少年」がセルリアンにどろどろと飲まれていく不気味さが好きです。いや、そもそも「少年」を取り込んだセルリアンの残留したカケラだったのかもしれない。そういや前ツイッターで「フウチョウはキュルルのイマジナリーフレンドだ」っていう読み解きがあって、なるほどそういう解釈もあったなぁと。最後のコマのこのサーバルは……誰なんだ?

 

「たいようのきおく」(はとり)

 

・3人の旅の途中でキュルルが倒れる話

・どうしようもなくなってキュルルを罵倒するしかない、カラカルのいじらしさが好きです。キュルルも無印のかばんちゃんも、おかあさんを求めて泣いた夜があったはずなんですよ。そんなものはもうないんだよっていう世界観、クセになります。

 

「キュルルちゃん爆誕!?」(いの)

・キュルルのおっぱいがある日突然成長するんだけど、実は……という話

・授乳合同のようなぶっ飛んだギャグ要素と、火の鳥合同みたいな破滅的な雰囲気が、見開きに同居しているような、ゾクゾクするお話でした。もしかして火の鳥合同のお話とゆるくつながってます?

 

「情報メディアとしてのジャパリパーク」(やぎこ)

・評論。以下要約

2に登場するキュルル、フレンズ、ジャパリパークの、情報を伝達するメディアとしての役割に注目すると、ジャパリパークはキュルルの登場によって博物館性を完成したといえる。なぜならばキュルルは、ジャパリパークに「展示、収集、保管」された施設やフレンズから「教育的効果」を受け、自らも発信する主体になることを受容したからである。さらにこのキュルルの発信能力は、かばんの「調査研究」を広め、パークが文明を再獲得することに貢献するだろう。

・この文中の「メディア」というのは普段我々が使う「メディア」とは違うのか? ということを意識しながら、慎重に読みました。それでも完全に理解できたわけではない……。キュルルを評論しようとした、さらにあの騒動に言及しようとした、そのコンセプトはとてもいい思います。もっと一緒に議論しましょう(謎の上から目線)。

・タイトルは少し違いますが「メディアとしての博物館」という本があって、こっちは梅棹忠男という文化人類学の研究者が80年代にまとめた本です。この人は「文明の生態史観」という論文が有名です。さらにこの人は、今のIT社会/ICT産業が台頭するずっと前に「情報財」について議論していました。キュルル合同の話からは脱線するけどおすすめです。

メディアとしての博物館

メディアとしての博物館

 

 

・そろそろ私たちは、あの騒動について語るーー2の炎上にまつわるめちゃくちゃな騒動で受けた心の傷を語り、受け入れるということが必要になってきているのではないでしょうかね。

 

「キュルル・リフレイン」(鳥麦康人)

・キュルルが2000年前の事件直後にタイムスリップする話

・例の事件を経てキュルルが抱えてしまった苦悩が、まっすぐに描かれていて、心を動かされました。個人的に、こういうような生の肯定と苦悩の昇華に弱い……!

 

「モノクロの視界から」(丁_エスキチ)

・2000年前の事件のあとの「少年」が傷を受け入れる話

・そうなんですよ、鳥麦さんのと同じで、心の傷の受容や昇華といったお話が私には効くんだ……! 少しずつ閉園に向かうパークの無常感がクセになります。そして、キュルル(少年)が年を重ねて大きくなった時の姿というのを想像するのは楽しいですね。

 

追想」(パセリ)

・2000年前の事件直後の「少年」とカラカルのお話

・全体を通して淡い表情が好きです。ネクソン版や舞台版のネタもあり、読んでいて楽しかったです。最後だけカラーなの、ずるいわ……

 

「犬とネコ」(ウェルト)

・事件後、「少年」とイエイヌがお話しする話

・「車内」というような、時間も空間も限定された空間で行われる会話劇がとても好きです。演劇やショートコントっぽさを感じます。表情や顔の角度を効果的に描き分けていてすごいなと思いました。

 

(田中草男)

カラカルがキュルルの髪を切るお話

・「そうやって切るのか……」と思いました(笑)。キュルルに絵を描くよう求めるところのカラカルが美しいです。これはもう告白だよって思いました。ずっと寄り添っていて欲しいな……。

 

「少年期の終わり」(たると)

・成長したキュルルがイエイヌに会いに行く話

・このお話が、全編の中でいちばん未来を扱ってるんでしょうか。旅立ちの前夜の独特の緊張感、寂しさがにじみ出るお話でした。かばんとサーバルが旅に出たように、彼も旅に出るのだろうなと思いながら会話を追いました。イエイヌに託すという選択は、二人の関りを強めるようでもあり、イエイヌをまた永遠に待たせてしまう業を重ねることでもあり……

 

これで巻頭から巻末まで読んだことになる。感想を書くのにほぼひと月の間がかかってしまった。その間やる気があったりなかったり、自分で創作をしたりしていた。

流し読みしていたら読み飛ばしてしまうような要素も、「感想を書くんだ」という気持ちで読むとたくさん拾うことができた。やはり、書かれた作品に真剣に向き合うということは良いものなのだ。それがアマチュアであっても。

こうやってたくさん誰かの作品に感想を書くと、まるで自分が口だけ評論家みたいになってしまったような気分になる。 この気分に感じる居心地の悪さもいつか書き下してみようと思っている。

 

とてもいい本だった。中にはこういう妄想俺もしてたよというお話があり、なにこれ想像してなかった尊いというお話があり、とても救われるお話もあった。火の鳥合同や職員合同と同じように、このような骨のある合同誌が読めることが嬉しい。

 

C97感想記事は2回で終わるはずだったのだが、まだ職員合同とKyokoさんの一連の本の感想が書けていない。職員合同を全部読むなんて思うと卒倒する。まぁC98までにのんびり読めたらいいかな。